三 井 斌 友(数値解析・数理モデリング)

微分方程式の数値解析と,その数理モデリングへの応用


・数値解析とは

 数値解析numerical analysisとは,代数学・トポロジーなどと比べると 少々耳慣れないかもしれないが,歴史も古く,かつ日毎発展しつつある 数理科学の分野である.それは ``数値アルゴリズムの設計・解析・評価に関する数学的理論である'' と,定義づけることができる.
 科学・技術の多くの局面で,現象に対する数理モデルをたて,これをコンピュータの 力を使いながら解析し,シミュレーション結果から問題の定性的・定量的な情報を えて,新しい知見をえるという,数理モデリングの過程が繰り返されている. 数理モデルの多くが微分方程式となるが,これをコンピュータ上に直接実現 することは不可能で,なんらかの離散化や近似が必要になる.これを手続きと して表現するのがアルゴリズムである.新たなアルゴリズムによって従来解け なかった問題が解けるようになったり,従来の数千倍の速さで解けるようになったり するので,モデルのシミュレーショでは数値アルゴリズムが決定的である.
 筆者は,工学部情報工学科の数値解析研究グループと協同しながら,主として 微分方程式の数値アルゴリズムの研究と,これを応用して数理モデリングの手法と, えられたモデルの分析を進めている.以下に最近のトピックスを紹介する.


・大規模な硬い微分方程式系の離散解法

 Navier-Stokes方程式はじめ,時間発展の偏微分方程式は空間変数に関する離散化 (有限差分法や有限要素法など)によって,時間に関する大規模な常微分 方程式に還元される. しかもこのような大規模系では,硬い系stiff systemとなることが多い. 硬い系に対する数値アルゴリズムとして,系のJacobi行列を自動生成して 公式にとりいれたRosenbrock型公式や,次に述べるRunge-Kutta型公式の 並列化を研究している.


・並列アルゴリズム

 数理モデルに対する有意義な結果をうるための計算量は膨大なものとなり,これ を超える 突破口として期待されているのが,並列計算parallel computationの導入である. 大規模な硬い系に対しては並列アルゴリズムは単純ではないが,陰的Runge-Kutta 型公式を工夫することによって,並列性を引き出すことができることを導き, 実際の各種スーパーコンピュータを使って,その性能を検討している. 並列アルゴリズムでは,そのことによってアルゴリズムが根本的に変えられるので, 収束性・安定性・計算量などの基本的性質を調べなおす必要があり,その 検討を進めている.


・系の保存量を再現する離散解法

 物理現象の定式化では,Hamiltonianという保存量と,それから誘導される Hamilton正準方程式がしばしば登場する.この方程式の時間発展で,保存量を 保つシンプレクティック性symplecticnessは,Hamilton 正準方程式の離散解法においても再現できることが期待される.よく用いられて いる数値解法は,symplecticでないことが容易にわかるので,新しい方法が期待 される.その一環としてsymplectic Runge-Kutta法がみたす構造を明らかにすることが できた.Hamilton正準方程式としてモデル化されるなかで, 特に非線型なものが興味をもたれるが,ソリトン現象の定式化がこれを 導くことを中国の共同研究者が見いだし,現在その解析にとりくんでいる.


・確率微分方程式の離散数値解

 たとえばブラウン運動のモデル化では,時間発展に確率事象が関与する. そのような現象は確率微分方程式として表現され,そのシミュレーションは 多くの解決すべき問題を抱えている.標準的な確率過程であるWiener過程を コンピュータ上で模擬する乱数発生機構,離散変数法の収束性と収束の速さ, 離散変数解の数値的安定性などの課題にとりくんでいる. ワークステーションなど高性能のコンピュータが身近に活用できるように なってきた今日,そうした方法も駆使してシミュレーションを行うことが 求められている.離散変数解の収束性(強い意味と弱い意味)と,それに応ずる 公式の形成のための構造,さらに そのとき考慮すべき数値的安定性についても,その基準・定理を いくつか明らかにできた.確率微分方程式として定式化される現象との 照合を含めて,引続き検討を進めている.


・差分微分方程式の離散数値解

 制御工学あるいは人口動態論などに現れる差分微分方程式(delay-differential equations)は,一般の微分方程式以上に解析解は困難である.その離散解法の 検討,特に安定性の基準を明らかにしつつある.さらに,実装化をめざした 数値解析上の課題の研究と,差分微分方程式でモデル化される現象の研究を 進めている.


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